1950年～1951年の日本ダービー、わずか２年余りで幻の馬と評された競走馬を知っていますか？
その名は「トキノミノル」です。
初めこそ、馬主に忘れ去られるほど注目されない馬であり、馬名も与えられませんでした。
しかし、負けなしの連勝街道を突き進むと馬主を含む、大勢の人たちを魅了したのです！
では、トキノミノルはどんな競走馬だったのか？
デビュー前からトキノミノルの最期まで、詳しく解説していきます。
名前が無いトキノミノル｜ 期待されないデビュー前
トキノミノルのオーナーは大映の経営者｜1934年に馬主デビュー
トキノミノルのオーナーは、大映の経営者「永田雅一」です。
映画「羅生門（1950年）」「雨月物語（1953年）」等でプロデューサーを務めたり、プロ野球オーナー…
等々、戦後日本の文化を支えた人物です。
彼が馬主デビューを果たしたのは1934年のこと。
もともと熱狂的な競馬ファンだった永田は、尊敬する「菊池寛」も馬主だったことから、
「私も彼に倣って馬主になろう」と決断し、馬主としてスタートしたのです。
そんな永田雅一とトキノミノルが運命の出会いを果たしたのが「1948年」のことでした。
買い手がつかないトキノミノル｜名伯楽「田中和一郎」の目に留まる
トキノミノルが誕生したのは、太平洋戦争敗戦後の混乱期「1948年」のことでした。
父「セフト」母「タイランツクヰーン」の間で誕生しました。
セフトは当時のリーディングサイヤーに輝き、母タイランツクヰーンは小岩井農場へ期待されて入居した輸入馬です。
血統も優れ、生まれたときから大きく逞しい体つきでしたが、以下の理由で買い手がつきませんでした。
- 父「セフト」は主流の馬ではない。日本ダービーを目指す馬主にとって短距離向きのセフトは注目されない
- トキノミノルの兄弟馬の成績が乏しく、同馬も成績が見込めない馬と判断された
そんな中、名伯楽「田中和一郎」の目に留まります！
田中和一郎は「クモハタ（1939年 東京優駿）」「セントライト（1941年 東京優駿）」等を手掛けた、一流の調教師です。
東京から北海道に来た彼は、トキノミノルに惚れ込み、大映の永田雅一に購入を勧めました。
最初は購入を渋っていましたが、周囲の人たちから説得により購入を決意！
だが、トキノミノルに対し思い入れはなく、競争年齢の３歳を迎えても名前は付きません。
仕方なく、田中和一郎は「パーフェクト」を付けて競争登録をしたのです。
馬主を変貌させるトキノミノル！クラシックに向け連勝街道を進む
初勝利はレコード勝ち！トキノミノルを忘れる馬主
トキノミノルのデビュー戦は「1950年7月 函館競馬場」で行われた芝800mでした。
レース2日前、スタート直前にトラブルはあったものの、発走すると今までの暴れん坊ぶりが嘘のよう！
素直なスタートを決めると、後続に８馬身以上の差をつけ「レコード勝ち」を収めました。
調教師の田中和一郎は、レース終了後早速、馬主の永田へ戦勝報告したのです。
本来なら、自身が所有する競走馬が勝利したので喜ぶところですが…
「パーフェクト？なんだそれは？」
と、自らが購入した競走馬の存在を忘れていたのです。
馬主を変貌させたトキノミノル｜初勝利後に馬名を与えられる
初勝利から数日後…
東京競馬場にいた田中和一郎のもとに、馬主の永田が訪れた。
しかし、自身の競走馬に興味がない永田とは違っていた。
人が変わったかのように、熱心な馬主へと変貌しており上機嫌で田中やチームの面々に労いの言葉を贈ったのです。
そして馬名がなかったパーフェクトは、ついに！馬名「トキノミノル」を与えられました。
トキノミノルの馬名の由来は以下の通りです。
- ３年前に他界した「菊池寛」が使用する「トキノ」の冠名を借用
- ミノルは「競馬に費やした長い時間が、ついに実る時が来た」と言う自身の強い意気込み
トキノミノルの馬名は、尊敬する菊池寛への深い思いと、永田自身の強い意気込み・大きな期待が含まれていたと思われます。
クラシックに向け全勝街道を突き進む！59kgのハンデもなんのその！
馬名が与えられてからのトキノミノルの快進撃は止まりませんでした。
３戦連続のレコードタイムを樹立すると、年末開催の「朝日盃三歳S（現・朝日杯フューチュリS）」へ出走！
３歳王者を決める大会。しかし、初めての「重馬場」が彼を襲います。
重馬場だから厳しい…ここで連勝はストップか？
と思われましたが、全く問題にせず２着のイッセイに４馬身差を付ける圧勝でした。
６連勝で３歳王者になったトキノミノルは、４歳初戦を「1951年4月 中山競馬場 芝1800m」で開催される「選抜ハンディキャップ」に出走します。
今まで体験したことがない「斤量59kg（今までより7kg重い）」を背負いながら出走！
結果は後続を寄せ付けず、レコード勝ちです！
馬場適性も問題なく、斤量不利をものともしない走り。続く東京芝1800mを勝利し、いよいよクラシック戦線に名乗りを上げます！
皐月賞＆日本ダービーへ出走｜トキノミノルは三冠馬になれるか？
皐月賞の単勝支持率は驚愕の73.3％！トキノミノルの結果は？
1951年5月13日、トキノミノルはいよいよクラシック初戦「皐月賞」を迎えました。
トキノミノルの怪物級の走りは話題を呼び、ニュースや新聞までも取り上げるほど！
日頃、競馬に興味を持っていない層も、競走馬と言えば「トキノミノル！」と出るくらい、知れ渡りました。
皐月賞では断然１番人気ですが、この時の単勝支持率は驚異の「73.3％」です！
2021年現在もこの記録は破られておらず、有名な「ディープインパクト」でさえ「63.0％」でした。
圧倒的１番人気に支持されたトキノミノルは、今までの戦略と同様に先頭に立つと余裕を持ったレース運び。
まるで、私について来なさいと言わんばかりに先導しました。
最終コーナーから直線に入り、 朝日盃三歳S の雪辱を果たしにきた「イッセイ」がトキノミノルに迫ります。
イッセイの健闘もここまで！他馬を寄せ付けない圧巻のレースで皐月賞を勝ちました。
この時、鞍上の岩下密政はゴール寸前で振り返る余裕があるほど、楽勝だったようです。
それもそのはず、従来の皐月賞レコードを「６秒１」短縮したのですから。
トキノミノルに裂蹄発症｜負の連鎖が襲う
皐月賞後のトキノミノルにアクシデントが襲います。
もともと慢性的な脚部不安を抱えていましたが、なんと右前脚に「裂蹄」を発症したのです。
裂蹄とは、蹄壁が割れて亀裂が入ることです。
さらに右前脚を庇うように走ったため、今度は左前脚の健が腫れる負の連鎖が襲いました。
完璧な状態で臨めないトキノミノルに、陣営は日本ダービーへの出走断念もやむなしと考えていました。
ところがレース直前、奇跡的な回復を見せたトキノミノルは、なんとか日本ダービーに出走できる状態まで戻したのです！
万全の状態ではありませんが、陣営は日本ダービーへの出走を決定しました
トキノミノルが日本ダービー制覇｜クリフジの記録を更新
日本ダービー当日、皐月賞よりも人気を落としたものの「単勝支持率50％」の１番人気で推されました。
「トキノミノルの日本ダービーを見たい！」と言う７万人の観客が集い、外まで溢れていたほどです！
日本ダービーの幕が上がると、トキノミノルは今までの戦略と違い後方スタート。
走り方が違うトキノミノルを見て、観客に動揺が広がりますが向こう正面に入ると杞憂に終わります。
前にいた馬達を一気に抜き去り、先頭に立つと他馬を寄せ付けない横綱相撲で勝利したのです。
朝日盃、皐月賞の雪辱に燃えるイッセイは、追いつけず１馬身半差の２着でした。
走破時計は「2分31秒1」この記録は、1943年に「クリフジ」が記録したレコードを「0秒3」更新するレコードタイムでした。
トキノミノルの勝利に沸いた観客は、馬場内に流れ込み日本ダービー制覇をお祝いしました！
口取り撮影で、観客も一緒に写っている写真はトキノミノル以外、ほとんどないでしょう。
三冠＆アメリカ遠征の夢は幻に…｜日本ダービー制覇後に天へ召される
日本ダービーを勝利したトキノミノルの目標は「菊花賞」です。
セントライト以来、史上２頭目の三冠馬を目指すと共に、三冠馬になれたら「アメリカ遠征」も計画されていました。
しかし、トキノミノルとの別れは突然やってきました。
日本ダービー制覇から５日後、トキノミノルは突如、体調に異変が生じます。
激戦の後から食欲がなく、歩様もおかしい。しまいには目までも真っ赤になりました。
原因は「破傷風」と言われており、体の硬直や接触・音・光など異常なほど敏感に反応する症状まで見られたのです。
一時期、ニンジンや青草を食べられるほど回復したものの、２週間弱の闘病生活を経て、天に召されました。
まとめ
トキノミノルの生涯成績は、10戦10勝の負けなしであり10戦中7勝はレコードタイムを出しました。
さらに800m～2400ｍまで幅広い距離に対応するスーパーホースです！
もし菊花賞に出走していたら、さらなる距離に対応できる異次元の名馬になったことでしょう。
トキノミノルの死後、彼の活躍は幅広い分野で貢献しました。
- トキノミノルの破傷風は、治療や予防などの研究進歩に貢献した
- 死後、馬主の永田は映画「幻の馬」を制作し、文部省選定映画になった
- 東京競馬場に「トキノミノル像」が設置される
- 活躍が評価され「共同通信杯（トキノミノル記念）」になった
等々、ここでは紹介しきれないほどです！
そして、競馬をただのギャンブルではないと伝えたのもトキノミノルです。
スーパーホースであり、観客を魅了するスターホースでもあった彼は、今後も競馬を愛する方々に語り継がれていくことでしょう。
